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無限画の原則

※無限画における結果レベルの指標

①遠近が付いていない(無視点)
②陰影が付いていない(無光源)
③題名が付いていない(無意味)
④質量が付いていない(非物質)

無限画とは

無限画は「無限画法」という一般的ではない画法で描かれた写実絵画。古画の先達に倣い遠近法と陰影法を用いずに描かれているため、画面上に「視点」と「光源」が存在しない。またウェブ上で描画範囲は拡張され続け密度も際限なく高まり続けるので、理論上、面積と密度が無限であり、完成することもない。

つまり無限画は、作家があらゆる現象から意味を外し、目的を手放し、優劣の価値観や裁きの心を始末し、宇宙視座に立ってただ静かに自分たちを眺める「無為なる宇宙の眼差しかた」を手にするための訓練を行ったその痕跡だと云える。今、目の前の世界には本当は何がどれくらいあるのか。そしてその世界で自分達は本当は何をしているのか。外部環境の成り立ちを、ただ観る。そういう洞察の機会としてこの無限画を描く(または見る)という行為は機能する。毎日毎日、人間によって描かれウェブ上にアップロードされ続けている無限画は、人が「無為なる目」を獲得するための形稽古の痕跡とも、ただ可能性に満ちた「万象の源」が表現されたものとも云える。

今日も無限画は人間の手作業によって少しずつ累増し続けている。

目的

[ 無限社会へのポータルをひらく ]

このサイトは、無限画を通じて「無限社会へのポータルをひらく」ためにある。

ここでは無限画が2つの世界をつなぐ孔(あな)として機能する。言葉のある世界とない世界。こちらの世界は「有限」。あちらの世界は「無限」。私たちの言葉は、凡ゆる可能性を特定の性質に切り分け、自分たちの都合のいいように世界を刻む道具だ。一方、無限画の奥のあちら側(無限)では、私たちは、世界をあるがままに観る存在となる。私たちは言葉を知りながらそれを棄て、「ただ観る」ことになる。無限画はその「無限」と繋がっていて、レンズを通してしか世界を視認できない有限の存在である私たちにはその無限を捉えることができない。その意味で、無限画法で描かれた絵は、孔だと云える。

この無限画という孔を社会にひらき、然るべき形で設えて置く事が、このサイトが作られた目的である。

福田 泰仁(ふくだ・やすひと)

無限画家 / デザイナー

2021年から無限画を描き始める。毎日どこかで無限画を描いている。

無限画の制作を応援してくださる方々を募っています。